2011年9月8日木曜日

かわいい夜叉武士 2011.5.10

かわいい実がなるヤシャブシ。
それがなぜヤシャブシと呼ばれているんだろう?とカレーからの質問。

漢字で書くと夜叉五倍子。
ストレートな解釈としては「熟した可穂が醜い夜叉に似ているから…」とwikiや各種図鑑等にはあるのだが、どうもしっくりしない。
あの端正なかわいらしいともいえる実の「どこがいったい夜叉なんだ?」

というわけで再び「夜叉」を調べると、
夜叉とは、顔かたちが恐ろしく、性質が猛悪なインドの鬼神。仏教に取り入れられて仏法を守護する鬼神となり、毘沙門天の眷族、それゆえ人殺しや非道な行いをする者を夜叉とも形容する、とある。
全然イメージがつながらない。

しかし、「鬼神である反面、人間に恩恵をもたらす存在と考えられていた。森林に棲む神霊であり、樹木に関係するため、聖樹と共に絵図化されることも多い。また水との関係もあり、「水を崇拝する(yasy-)」といわれたので、yaksya と名づけられたという語源説もある。」
という説明もあり、強いていえば、このあたりのイメージが、河原に生えるヤシャブシとつながるのかな、
とも思えたけど、ちょっと強引な気がする。

名前の後半、五倍子のほうは古来から黒色染料の原料であるフシ(=ヌルデの虫えい)の代用品として
この実を染料資源として活用してきたことからのネーミングであり「武士」とはまったく関係がない。
「鬼神のような武士」だとそれはそれでかっこいいネーミングだけど、実物とはつながらない。
さらに蛇足すれば、「五倍子」は通常のヌルデの実とはまったく違う
大きくて異形の「実のような実」をよく漢字で表していると思う。
引き続き分からない「夜叉ってなに?」

それじゃあ搦め手で攻めよう。
「夜叉」と言えば山梨には夜叉神峠と言う場所がある。
ここの地名の語源にヒントがあるかも,と思い調べてみると、
井上靖のエッセイ:歴史紀行文集Ⅰ(岩波書店)「夜叉神峠」に
<前略> 昔、御勅使川の水源に荒ぶる神が住んでいて、悪疫、洪水、暴風雨などを司って、民を苦しめていた。里人はこうした災害を夜叉神祟りと呼んでいた。淳和天皇の時、朝廷は勅使を御差遣になり、水難防除を祈らせられた。峠の鞍部には夜叉神の祠が祀られた。それ以来御勅使川の名前ができ、峠は夜叉神峠という名になった。<後略> 
とある。
また岐阜福井県境にある夜叉ヶ池は夜叉と言う少女の名前が語源らしいが、
「大干ばつで困った村人の願いを蛇(=実は龍神)が叶えて雨を降らせた際、その生け贄となった娘」が夜叉なのだった。

どうやら「ヤシャ」には暴力的で破壊的な水のイメージ、そしてその後を豊かに再生してゆく力のイメージが常につきまとっている。
それならば川の氾濫後の崩壊地にパイオニア植物としてよく見られ、窒素固定ができるために痩せ地でもよく育つ、そんなハンノキのなかまに「ヤシャ」の名を与えてもおかしくなさそうだ。

名前一つでいろいろなイメージを巡り、楽しませてくれたヤシャブシだったけど、
今回の疑問から発展したnoomの持論は、実は本来のネーミングはもっと単純じゃなかろうかと思えて来た。
つまり「谷地(湿地)で手に入れられる五倍子」がヤシャブシの語源なのではなかったのではないか。
その発音の類似性から後付けで「夜叉」のイメージが結びつけられ、表記がそちらにすり替わってしまったのでは。
真相はいかに。

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