2013年5月1日水曜日

武甲山行雑感

武甲山に登った話。
石灰岩採掘により異様な姿をさらす 武甲山。
登山道に向かう道も
セメント工場が建ち並ぶ独特な風景で、それだけでそそられる。

駐車場のある一の鳥居では狛犬ならぬ狛狼が 歓迎してくれた。
筋骨隆々の狛狼
やはり三峰信仰と関係あるのだろうか?
出発して間もなく、狛鹿?も歓迎してくれた。

しかしシカの気配は八ケ岳近辺に比べれば薄味



















山頂までこまめに続く「丁石」を数えながらさらに進むと道しるべ兼用の石碑。
味のあるフォント




















石碑から道を分け、いよいよ登山道へ。
表参道から離れ植林帯へ。直線の交差が美しかった。















つづら折りの坂道はガイドペースだからなのか、古くからの道だからなのか、無理が無い。
あるのは林床を賑わすお楽しみアイテムたち
ヒトリシズカ軍団






ナガバノスミレサイシン


足元の♥
しっぽのおとしもの(モモンガ?)















尾根筋に出ると、分岐にまた道標
分岐の石碑




















昼食は持山寺跡で 。
とはいえ、今は杉林の中、塔の他は何もない更地。
竹林が少しあるのがちょっぴり寺っぽいか?
山中にはただ石塔が佇むだけ。遺跡は味わい深い。















稜線に出て登ってゆくと、カラマツとバイケイソウの新緑が目に眩しい。
倍々バイケイソウ



















そして山開き準備真っ最中の御岳神社到着
山頂神社到着









鎌倉時代あたりの甲冑か?






























その先の「現在の」ピークからは絶壁の絶景

昔の山頂がこの先にあったのか…

フェンスの隙間からのぞき見る下の採石場。
動き回る巨大重機がミニカーのように見えるのが一番の見所。
神社側のブナの大木も隠れた見所かもしれない。
山頂のナガメ(オンナノコ向け)













山頂のナガメ(オトコノコ向け)

















さて山頂をあとに表参道を下る。
終始杉林の、しかも持山コースに比べると随分荒れた感じを受ける道。
道を下りながら考えていたのは山頂付近の杉の幹に付いた苔の光景のこと。
高い所までコケ

山頂にあった雷注意の看板、登山道脇の杉の巨木たち、そして苔。
この辺りは雷が多い土地柄らしいが、武甲山の場合は採石場の絶壁が上昇気流を作り、
付近の山以上に雲を作り雨が降りやすいのでは、
そして山頂付近の杉に苔を着生させ、杉の大木を育てたのでは。などなど

この下りルートは林内の植生もかなり単調で、自分が案内するならネタに苦労するな〜と感じた
くもってきてほとんどモノクロームの世界















強いていえば、道がどこにあるのかが、上を見上げると分かるのがおもしろい。
枝が張り出している杉の下が参道。それ以外は枝打ちをしてある細めの木ばかり。
大杉は目通4.5人分



















それにしても こんなに由緒あるはずの道なのに、
時折あらわれる魅力的な大杉のほかは、かなり下り切るまで
丁石以外は信仰遺跡が不思議なくらいに無いのが個人的に不満。

山麓近くに降りてやっとブナの脇に祠、この先に滝と不動明王















そんなことを考えながら途中雨がぱらついてきたものの、無事下山。


今回のコースを見る限り、かつて皆伐的に植林された山だけど、 所々に残る信仰遺跡、杉の大木、ヒトリシズカや稜線のスプリングエフェメラルたちなどから想像すれば
さらに昔に遡ると、この山の姿は現在とあまりに違う。
もっともっと豊かな深い山だったはず。
叶わない望みだけど、在りし日の、この山の姿を見てみたい。と思った。



研修なのでこんなことも




一の鳥居から持山寺→山頂→表参道コース



おまけ

工場もえ〜にはココはたまらんです

工場も丁度仕事上がりの頃


一句/林床の ひとりしずかが かなりにぎやか


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2013年4月23日火曜日

釜無川 埋もれた花水坂

また別の日のこと。
国道を走っているときにいつも気になっていたポイントに子供を連れていってみた。


なにかというと山の斜面にぽつりと立つ神社

訪れてみると…
そこは観音堂だった。
「大堂観音 400年前の昔、花水坂に沿った絶壁の中腹の洞窟内に小さな観音像がまつられていた。
霊験新たかで不敬者には祟りがあり善行者には慈悲深いものといわれた。
横山太郎という武士が江戸金龍山浅草寺へ奉還したので明治初年まで燈明料として金一朱が届いた。
御詠歌 たのもしや流れも清き大堂の大慈のちかい深き花水」

裏手には表情が素朴で味わい深い馬頭観音多数。
これらや堂内の絵から見て馬が頻繁に行き来してたことが推察できる。




尾根の上側には白山大神社。そして立派な神楽殿。



「白山大神社 キクリヒメノミコト&イザナギノミコト
句碑によれば、当村城山に清光の弟清泰城を構え、大宮多神社を修復して武運の祈願所とした時、
里民愛撫のため御祭神2柱を遷座して、社殿を建立し白山大神社と称し
縁結びの神、五穀豊穣を祈願したといわれる。4月18日の例祭日には神楽の奉納があって参拝者でにぎわう」

さらにこんな石碑も立っていた

「名所 富士見三景の一 花水坂
花水坂は釜無、尾白、大深沢の3川合流の地で川を挟んで
山桜の大樹数十株の花が咲き乱れ 水に映す花影の美しさは
富岳の眺望絶佳の名所富士見三景即ち花水坂、御坂峠、万沢の西行坂と、
その地名は高く賞賛された」


おやっ?
つまりここに古い神社やこんな石碑があるということは、
名所花水坂は、現在そう呼ばれている場所(台が原下から日野春に上がる県道。花水坂として遊歩道もあり)は
何なのだろう。
後日、現在の「はなみず坂」途中にある記念碑を見た所、
こちらの道自体は昭和30年代に開通したものということが分かった。(それでも馬頭観音等が傍らに立っている)
しかも、こちらはとても富士山の眺望が良い。
また少し坂を登っていくと、いくつか神社や古い集落もありこちらもまた歴史を感じさせる。

今回訪れた古い花水坂では残念ながら「往時の展望」は樹間越しにしか望めそうにない。
桜も目立って残ってはいない。

ただ想像するしか無いが、どちらが昔からの道なのだろうか。
それともこの周辺、釜無・尾白・大深沢川の分岐点を中心につながる2つの坂の
総称が「はなみず坂」 だったのだろうか。






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釜無七里岩むかし道

七里岩とは八ケ岳から流れ出た昔の土石流の末端、
韮崎から県境辺りまで伸びる20km以上にわたる断崖のこと。
春先は、自宅近くながら訪ねてなかったこの七里岩各所によく出かけていた。
最近は道路が接続されたものの、ずっと続く崖は昔から交通の障壁となり、
甲州街道は釜無川に沿って崖下に続き、崖の上には「はら道」が伸びている。
在住の人からは崖下の白州側を「段下」崖の上の小淵沢側を「段上」と呼んでいて
文化的、経済的にも 上下はあまりつながりが無かったらしい。
ここに住むようになって気になっていたのが在住の方から聞いた子供の頃の思い出話のこと。
「ループ橋ができるまでは、うちの集落から毎日1時間かけて小淵沢の駅まで出たものだ」
ループ橋を下に見る。なかなかの高度感。















ざっくりえぐれていてドキドキします



















…いったいどこを通っていたのだろう。これが一つの小さな謎だった。

数年前に何回か集落近くの目星をつけたポイントを探って見たときは
山中に導水路があったり、岸壁がトンネル状になってたりして面白かったものの
道は川に下るほどケモノ道化して
渡河ポイントは分からなかった。

で、今回、多分ここかな〜と思える道を発見。
つづら折りのしっかりした坂道が川に向かって伸びている。 しかも忘れられた道の傍らに
風情のある石仏たち。
大きいのは比較的新しい




















はにわを連想させるやさしいお顔



















さらに進むとお地蔵様も


しかし、この道もお地蔵様を経てしばらく行った先、川にかなり近づいた所で
道が崩落していてその先は分からなくなっていた。

対岸は護岸工事され、採石場になっていて多分昔の面影はない。
河川敷は大水があればその度に流路が変わるのでなおさら分からない。

 結局最後の最後は不明だったものの、
残っている道の様子は,人が行き来した面影を伝えていた。
今では猿と鹿のみぞ知る忘れられた道筋なのだが。

風情のある道がなるなるのは寂しい。




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